千曲万来余話その664「ブルックナー7番チェコ・フィル、マタチッチ指揮・・・ 」

 十円玉というと宇治、平等院鳳凰堂の図柄が印象に残る。高校生修学旅行で訪れた観光の名所だが、硬貨の表か裏かというと表面に当たる。不思議な感覚なのだが、10円という数字が表というのは人生の折り返し点以後の感覚になる。どちらでも良いというとそれまでではあるのだが、交流電源コンセントにおいて、差し込む右側がホット、左側コールドすなわちグランドアースというのは、中学生で知っていたから、この表うら感覚は、コイントスというサッカー競技の経験がきっかけである。
 オーディオの世界では、例えばプレーヤー、アンプ、スピーカーというものを、機械と認識するマニアは数少ないかもしれない。機械ではあらず、楽器の様に音楽の一部、構成するシステムという感覚である。カーマニアにとり、自動車は機械とは感じずに身体の一部のそれというのと似ているものであるだろう。どういうことか、愛の世界、だから機械というと部品なのであるが、アンプはシステム、身体の一部である。盤友人は、3/23木曜日からドイツ製品AD1という3極管による出力管のアンプを採用する展開を見せた。以前は英国製PX4というもの、その前はV69という5極管によるドイツ製アンプで、オイロダイン励磁式のスピーカーを鑑賞していた。現在に至り、そのポテンシャル最高度に発揮する段階に到達したといえる。
 どのように音楽が変容するのか?音量の世界ではあらず、レコード録音再生の品位の世界である。すなわち、演奏家たちが発揮する音楽性を再生とは、だから音楽というもの、音ではなくて、時間空間を記録したリスペクトの世界、作曲家が居て、演奏家が演奏し、指揮者は空気の存在として最高の時間を指揮する物音ではなく、音楽のひと時といえるかもしれない。
 3極管のシングル出力管はそのスタートの世代であり、プッシュプル式出力管は後発の世代であった。つまり遡ることにより、3ワットという少ない世界で可能なヴィンテージオーディオの世界は、トランスなど製品化された1940~50年代の稀少部品であり、この趣味の世界の、原点ともいえる。KT札幌音蔵社長の提供した渾身の製品である。
 日本コロンビアレコードによる、ロヴロ・フォン・マタチッチ1899~1985が録音したブルックナー7番交響曲は圧倒的な巨匠による指揮芸術の粋である。彼はクロアチア出身、1936年ベルリン・フィルの指揮台に立ち、広くヨーロッパ各地で活躍、戦後54年から復帰して、ミュンヘン、シュトゥトゥガルト、ウィーン、ミラノ・スカラ座、ローマ国立歌劇場に出演、ドレスデン、ベルリン、59年にはバイロイトに初登場、65年にはスラヴ歌劇場引っ越し公演で初来日、さらに71年にはイタリア歌劇団日本公演に参加し、もちろんコンサート指揮者としても、NHK交響楽団の定期公演に登場、66年暮れからたびたび指揮台に登場、1984年3月、圧倒的な名演奏最期の記録を残している。ブルックナー8番、ブラームス1番、ベートーヴェン7番2番、そして自作、対決の交響曲、デンオン・33 C O 1001~04、レコードOZ 7172~76というセット。その後彼は、85年1/4ザグレブで帰天している。
 盤友人にとり1968年N響を指揮したチャイコフスキー、悲愴交響曲が鮮明に記憶されている。健康上の理由からその録音活動は、元気な時の指揮で、その年のチェコ・フィルとはブルックナーの7番交響曲を録音、その第2楽章、アダージオはリスペクト感の横溢するというたぐい稀なレコードが残されている。ブルックナーはワーグナーの死を悼み、チェコ楽人たちはマタチッチに最大の敬意を払い、その阿吽の呼吸は素朴で、神聖で、巨大な時間空間を獲得している。尊敬するとは、人間関係最高度の境地、そのいくばくかの片鱗に迫ることはオーディオマニアにベストの愉悦世界に遊ぶ…