千曲万来余話その650「チャイ様あれれっレレレ5番・・・」

 8月に入り、停滞前線により線状降水帯が生じて、東北最上川、北陸小松市梯川氾濫で甚大被害発生しました。被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。最近の傾向は台風よりも線状降水帯発生の災害が多い事。たぶん吾々の生活習慣、必要以上の炭酸ガス発生に気を付けることが課題、植物には炭酸同化作用があるのだからこの方向に舵を切ることが大事と考えられる。
 クラシック音楽には、通俗名曲という鼻持ちならない言葉が有る。特に祭り上げられる作曲家はチャイコフスキーで、彼ほど人気を二分するコンポーザーはいない。高校生の授業で、彼はホテルで飲んだ水からコレラを患い急死したとされている。その直後に初演された交響曲は第6番悲愴パセティーク。なんとも悲し気な音楽で、アダージオ楽章が人生最期1893.11/6ペテルブルグ没を飾るという符合のあう話に高校生時代の盤友人は、疑問符あれれっ、のちに、彼は同性愛を指摘されて「砒素をあおらされた非業の死」という裏伝説に至極納得して現在に至っている。事実関係は知る由もがな彼の音楽自体、さまざまに不思議が宿されている。交響曲第1番冬の日の夢ウインタードリームこれなどは明らかにヴァイオリン両翼配置でもって演奏効果が保証される。けれど、現代では第1と第2Vnが揃えられてばかり演奏されていて、古典配置の演奏は上演されない傾向である。6月の札幌響定期公演で「白鳥の湖」がダブル・ウイングで上演されていたのは記憶に新しい。ここで指摘しておきたいことは、評論家が素通りするこの両翼配置の意味を、盤友人としては発信しておきたい。作曲者の意向、演奏効果最大の音楽は演奏者側が考えることなのだ。
 ピヨトル・イリイッチ・チャイコフスキー通称チャイ様はウラル地方カマ川ヴォトキンスク町1840.5/7生れのロシア音楽ロマン派の大家でモーツァルトをこよなく愛した。ピアノ協奏曲第1番作品23の第2楽章アンダンティーノ・センプリーチェ プレスティスィモ・クワズィ アンダンテ、これは歩くような速さでという感覚より少し速くというもの。8/6拍子4小節でピィツィカート、その後にフルート独奏による第2楽章の主題テーマなのだが、現在流布している独奏テーマの音型で1音符主題音型と異なっている。フルート奏者は楽譜通り演奏しているのだが、以前の音楽は、主題テーマと同じく演奏されている。温故知新、古きを温めて新しきを知る即ち、音符変更のいきさつを今一度検証必要不可欠だ。盤友人はチャイコフスキーの言葉、音符のひとつたりとも変更してはならない、というのはこの変更に対してこそ最適の言葉すなわち第2楽章のテーマはフルート独奏から始まると考えるのが黄金律と云えるのであろう。主題提示を独奏楽器が担当して、ピアノ演奏につなげるのが自然なのであり、楽譜通り、というのは「危険な発想」というまでである。
 5番交響曲ホ短調作品64は1888年、作曲者はロシア国家から以後年金を授与される凱旋Vの音楽とされている。エフゲニイ・スヴェトラーノフ指揮1967年録音。ソヴィエト国立交響楽団は創立50周年1986年に迎えていて現在のロシア国立交響楽団へと歴史は受け継がれている。圧倒的な名演奏名録音。第2楽章お仕舞いのクラリネット独奏のテヌート保持は、LPレコード史上最長。豊かな低音域再生音は、チャイ様の音楽にもっとも相応しい。ただし右スピーカーにチェロ、コントラバス、ホルンという配置で、第2Vnを右側スピーカーに記録した指揮者はピエール・モントゥー1875.4/4パリ生まれ~1964.7/1米メイン州ハンコック没。1913年パリにてストラヴィンスキー春の祭典を初演指揮担当38歳という若さ1963年8月ハンブルクにてチャイ様5番作品64北独放送交響楽団で再録音、以前はボストン交響楽団とのステレオ録音であった。第3楽章での第2Vn演奏はステレオ録音ならではの仕掛けであってチャイ様は微笑んでいることだろう。緊迫感溢れる演奏による録音は、死の前年とは感じられない。故岩城宏之さんは、最後の指揮が最高だったという褒め言葉こそ指揮者冥利なのだとか発信していた・・・
 ※ボルガ河