千曲万来余話その635「ラフマニノフ自作自演をステレオ録音で聴く・・・」

 ピアノ録音は、SP録音から始まりピアノロールによる自動演奏という方法も誕生してLPモノラル録音そしてステレオ録音へと展開する。このステレオ録音では、元々モノラル録音を疑似ステレオといって、電気的に左右感を付加するものもある。ところが、自動ピアノ演奏をステレオ録音するのは1920年代の演奏でも録音するのはステレオ方式で可能となる。1904年、エドウィン・ヴェルテはピアノ自動演奏再生装置を開発、発表している。80指の大規模な装置でもってグランドピアノの鍵盤に対面させる(下図写真参照)。ピアノ奏者の演奏を電気的に記録して「プレーヤーピアノ」を作動させる。ヴェルテはフォルゼッツァー独語と呼び、このシステム採用による再生は、1966年ラジオ放送ステレオにより実演された。プロデューサーはヨゼフ・タシンスキーでピアノには「ベーゼンドルファー」が使用されている。
 1917年末、ラフマニノフはロシア革命を機にパリへ亡命、翌年にはアメリカへと永住の地を定めている。彼は195cm以上もある長身とも伝えられ、写真から見受けられる片手はオクターブを超える手のひらサイズ。このレコードで聞くことのできる前奏曲嬰ハ短調作品3の2で1892年作曲に始まり1903年には10曲そして1910年には13曲という全24曲からなる「前奏曲集」は完成している。自作自演の録音は1940年頃になる。「不滅の演奏をステレオで」というLPレコードのシリーズが企画されて、マーラー、ラヴェル、スクリャービンら作曲者自作自演のピアノ演奏が、ステレオ録音リリースされている。
 モノラル録音とステレオ録音を考えた時、ピアノ演奏の場合では、果たして左右のステレオ感を必要とするものなのか? SP録音はモノラル音源で、特に78回転録音を再生すると必ずシャーというサーフェイスノイズが付きまとう。ところが、蓄音機で直接再生すると、SN比というシグナル音信号とノイズ雑音信号のバランスで、聴感的にノイズよりシグナル情報が圧倒的な印象で、ノイズは割合気にならなくなるから、実際に体験することをお薦めする。オーディオ店で蓄音機をストックしている札幌音蔵などのようなヴィンテージショップは、スピーカーの視聴と共に、蓄音機を体験可能である。モノラル録音の原点である。
 ステレオ録音は、左右の定位とともに中央の音源が聴感上で再生されて、広がり感はモノラル録音とはそこのところで相違があるのだろう。ただし、モノラル録音をモノラルカートリッジで再生する時、左右2つのスピーカーが混然一体となり、小宇宙を構成する。そして、ピアノの再生音自体がステレオ録音の2倍の情報が再生されているだろう。決してモノラル録音はステレオ録音に劣る再生音ではないことに注意する必要がある。
つまり、別物。
 
ちなみに、疑似ステレオ録音盤は、モノラル録音をステレオカートリッジで再生するという簡便性がある。これが有利な点といえる。盤友人が現段階で得ている結論は、SP復刻盤やモノラル録音盤をモノラルカートリッジで再生することにより、楽器の持っている再生音、そして楽器自体の鳴りや倍音の再生こそ、「良い音」の必要条件であり、そこにレコード再生の悦びはある。なぜ、ラフマニノフの自作自演レコードが必要とされるのか?そこには脈々とフランツ・リスト以来の現代グランドピアノ演奏の再生体験できるレコードだからだろう。割合、フォルテとピアノの強弱ダイナミックスレンジは狭いといえるかもしれないのだが、楽器自体の鳴らせ方など再生されていて、リズム感、テンポ感、フレーズの把握などの体験を、実際に体験できる悦びは大きい。 今現在のピアノ演奏を演奏会やFM放送で聴くとき、テンションがレコード体験とは異なる印象を受ける。レコードには、その時代の音楽が記録されているから面白いことこの上ない・・・