千曲万来余話その621「F・リスト、ハンガリー狂詩曲バラン・ヴァッツォーニの名盤・・・」
ピアノの音色と、オーディオ再生の目的は平行しているといって差し支えない。グランドピアノで鍵盤に触れた経験のある方ならよく分かる話なのだが、盤友人は学生時代に、芸大から札幌に移送された「ベヒシュタイン」を弾いたことが有る。白鍵は象牙製であの高級感は、けた違いであった。左手の音域から倍音が香るように揺らめく。アナログの録音はこの再生感覚が命といえる。
ベートーヴェン1770~1827の時代にフォルテピアノの鍵盤が拡張されて、フランツ・リスト1811.10/22ライディング生まれ~1886.7/31バイロイト没の時代には、現代グランドピアノの原型が確立されている。さらに、リストのポートレイトは写真で現存していて、ベーゼンドルファーやベヒシュタインのメーカークレジットは、眼にすることが可能である。リストはドイツ人両親の下でエステルハーズィー一門の出自を持っている。彼はハンガリー語を話せなかったともいわれている。しかし、ハンガリー音楽には早くから興味を示していて、ロマ音楽は慣れ親しんでいた。ドイツ語ツィゴイナーを意味する単語、日本では、放送禁止用語にも指定されている。放浪者民族は移動して生活することから、もともとは15世紀頃に「エジプト」から派生した言葉ともいわれていて、ヨーロッパでは既に差別用語ということになっている。
彼らの音楽はリズミック躍動的であって、「チャルダッシュ」などヴァイオリンで有名。リストのハンガリー狂詩曲は全19曲からなる。作曲年代は1846~53年まで15曲、残りは1882~85年に作曲されている。ブラームスは1868~80年にハンガリー舞曲集21曲を作曲完成していてちょうど「青天を衝け」の時代にあたる。
ハンガリー狂詩曲第15番イ短調は「ラコッツィー行進曲」、ベルリオーズ作曲「ファウストの劫罰」で有名、これは1846年作曲でゲーテの物語に関係せず、作曲されたもの。この曲をVOXのステレオ録音、エルンスト・フォン・ドホナーニに比肩するフィニッシング・タッチを有すると評されているバラン・ヴァッツォーニは1936年生まれでアニー・フィッシャーらと同門である。12歳でデビュー、1957年以後西ヨーロッパで演奏活動を展開、1960年にはフロリダ州立大学からマスター称号を授与されている。
レコード番号STPL512.340、マスタリングはルドルフ・ヴァン・ゲルダーによる。このLPを再生してすぐに理解されることは、スタインウエイやベーゼンドルファーの特色に一致しないことである。スタインウエイは、倍音が高音域へと向かうのに、ベーゼンドルファーは低音域へと倍音は集まるのが特色になっている。ところが、ヴァッツォーニの弾くピアノは中音域に厚みが感じられる。しかも、高域は輝かしくて、低域は雄大、ということはどうやら、ベヒシュタインではなかろうか?というのが見立てである。左手で雄大、豪快な音楽を演奏し、右手で豪華絢爛な音楽を演奏を披露している。ベヒシュタインで印象に残る名盤は、フルトヴェングラー指揮ベルリンフィルが共演したエドウィン・フィッシャーによる1942年録音、ブラームスの第2ピアノ協奏曲変ロ長調作品83がある。あの左手による立体感溢れる演奏は、一期一会の記録だったのだろう。ピアノソナタ集では、ウィルヘルム・ケンプによるベートーヴェン全集のモノラル録音盤は、確かにベヒシュタインの音色が感じられる。いずれにしても、残念なことに、レコードジャケットにはクレジットが未標記であり、この盤友人の確信はレコード再生しての印象に過ぎない。
オーディオ再生の目的は、音楽の再生に尽きるのであって、あのピアノの鳴らしっぷりを愉しむことこそ音楽なのだろう。このSTEREOVOXレコード再生の悦びはフランツ・リストの名技性に到達する・・・