千曲万来余話その453~「B氏ヴァイオリンソナタ第二番、美しい才能の記録E・パイネマン」
今まで聴いていたヴァイオリニストのレコードは、多数が名器といわれている楽器で演奏されている。ストラディバリウス、グァルネリウスなど。今回リリースされたエディット・パイネマンのLPレコードは未発表録音のモノーラル盤。それで二十歳の時、録音されたシューベルトの幻想曲を聴き、その才能に感心させられる。ところが、ライナーノーツに詳しいのであるけれど、1965年にはジョージ・セルなど名指揮者の配慮により名器グァルネリウスに出会ったとされている。
このLPでは、1966年と67年にビッグネイムのピアニスト、イエルク・デムスとの演奏が記録されている。ベートーヴェンの第二番、シューベルトの第三番、ブラームスのスケルツォ。
一聴して分かることは、彼女がデビューしたころと、名器で取り組んだ演奏との違いを愉しめることになるのである。デムスとのシューベルトやベートーヴェンでは、明らかに楽器の鳴りが豊かなのに心踊らされる。そして、その輝かしい音色、1965年を境にして明らかに彼女の発展が記録されたことになる。念のために付け加えるのであるけれど、以前のイギリス製、伝パーカーの音色が劣るのではあらず名器グァルネリウスの本領が、遺憾なく発揮されているというのにすぎない。芸術を愉しむのに、優劣を判定する趣味は決して褒められる評論であらず、両者の違いを合わせて鑑賞するところにこそ醍醐味はあるといえるのではなかろうか?
B氏のソナタ第二番イ長調作品12の2は1798年頃の作曲で若々しいはつらつとした作風。第1~3番は作品12。第4番は作品23、第5番春は作品24、第6~8番は作品30、第9番イ長調クロイツェルは作品47、第10番ト長調は作品96。このように、B氏の作品をながめてみると、交響曲作家として、ほかには、ヴァイオリンソナタ十曲、チェロソナタ五曲、弦楽四重奏十六曲などなど弦楽器音楽の作曲は、いかに幅広いかということが知られる。
パイネマンの演奏を耳にしていると、いかにB氏は生命力あふれる音楽を作曲していたのかが分かる。第一楽章のアレグロ、第二楽章のアレグレットというように、その音楽の対比が鮮明である。そのテンポを一段抑えた音楽には、深みが加わり、そこのところ、モーツァルトのそれとは、一味異なるものがある。こういう音楽には、デムスの音楽が的確に表現してサポートしていること、というよりリードしているといえるのだろう。彼は、ベーゼンドルファーを中心として、色々、それだけのメーカーにこだわる録音ではない。たとえば、バックハウスなどというピアニストは、ほぼベーゼンドファーピアニストといって、差し支えない。ところが、デムスは一色では無い。だからここでも、ベーゼンとは言い切れない音色である。ベーゼンは低音域の倍音に特徴があって判別は容易である。このLPで、それとは断定はできないのが難点と言えば難点である。デムスの軽快明朗なピアニズムは、B氏の演奏に相応しいといえるだろう。
いずれにしろ、LPレコードによる鑑賞は、弦楽器とピアノの演奏の兼ね合いが楽しい。ピアノという鍵盤楽器は、それだけで充分な世界を構築する。ただ、室内楽としてのヴァイオリンソナタは、テンポの設定、アンサンブル合奏としての呼吸など、魅力はまた格別であり、このレコードでは、モノーラル録音なのでモノーラルカートリッジで再生すると、その豊かなサウンドを堪能できる。なんといってもアナログで録音されていて、空気感が横溢している。雰囲気が伴っていてパイネマンとデムスの視線が感じられる音楽で、そこのところ室内楽の醍醐味が加味されて嬉しい事この上ないのである。