千曲万来余話その414「ブラームス、ピアノ協奏曲第二番リヒテルが弾くピアノの名は?」
オーディオのグレードというもので、楽器を耳にした時、そのメーカーの個性を認識することには、かなりの興味を惹かれることがある。そのきっかけを与えてくれたのは、リパッティのジャケット写真で、ドイツ・エレクトローラ盤、使用楽器のクレジットではないのだけども、ベヒシュタインという文字が強調されたものだった。かならずしもその楽器が使用されていたのか定かではないのだけれど、LPレコードを再生すると、その楽器メーカーのキャラクター識別されることは容易であった。それが基準となると、たとえば、ウィルヘルム・ケンプなどは、モノーラル録音時代とステレオ録音時代で、ベートーヴェンのピアノソナタ全集の音色の差は明らかで、前者はベヒシュタイン、後者はスタインウエイではなかろうか?というくらい楽器の音色に違いが感じられる。これは盤友人の感覚であって、クレジットによる判断ではないのだが、そこのところ、どなたかにはご教示お願いしたいものである。仏エラートレーベルは、ベーゼンドルファーとスタインウエイのクレジット表示がなされていて、良心的と云える。
ちなみに、件のブラームスでピアノ協奏曲第二番変ロ長調作品83、冒頭の音楽開始は、ホルンによる独奏旋律なのだが、その音色ですら、普段聴き慣れたホルンとは、明らかに異なっていて、多数派のアレキサンダー社製より明るく軽いものである。フレンチホルンですら、楽器製作者のメーカーによる音色の違いがあるのだから、グランドピアノは?という期待は高まるというものである。
スヴィヤトスラフ・リヒテル1915.3/20ジトミール・ウクライナ生まれ~1997.8/1モスクワ没というピアニストを代表する巨匠は、一つのメーカーにこだわる演奏者ではなかった。ウィーン交響楽団と共演したチャイコフスキーの協奏曲はベーゼンドルファーだったろうし、バッハの平均律クラヴィーア全集では、そのクレジットを明確にしたものであった。他には、スタインウエイ使用が多数だったのではあるが、フィッシャー=ディースカウとの歌曲伴奏に際しては、ヤマハを使用していた時があったりもしている。だから、今回のLPでは?という疑問を持つことは、自然なことである。
ブラームス第二協奏曲の開始でのピアノの入り方は、始めからして、スリリングである。ミスタッチを感じるのは、独奏者の力量が最高度のピアニストであっても、ライヴ録音では、それをおそれずに、リヒテルは演奏開始をする並外れた緊張感を発揮している。彼の演奏する展覧会の絵、ソフィアライヴ録音など、ミスタッチは有名で、それを修正しない彼の音楽性は、その不名誉を通り越して素晴らしいのだから、説得力充分な演奏を展開しているのである。部分的な訂正は可能なはずであるのだが、リヒテルは小手先の細工を超えた音楽性のピアニストなのであって、彼の経歴は、それだけにちゃちなものではない、偉大さの証明なのである。彼の実力は、聴いていて安心できるから不思議である。というか、彼の性格からして、修正という手を加えた虚飾を拒否するピアニストだったといえるのだろう。ある評論家などは彼の集中力を評して、演奏会のある一瞬、途切れることを指摘するするくらいに、張り詰めていることを表現していた。ここでも、ベーゼンではない、とかスタインでもない、もしかすると?プレイエルなのか?そういえば、オーケストラはヴィトルド・ロヴィツキ指揮したフランス国立放送管弦楽団、シャイヨー宮、劇場ライウ録音であった。第一楽章での最高音決め打ちの輝き、第三楽章の素朴な音色などからすると、さもありなんという印象を盤友人としては、楽しんでいたのである。モノーラル録音でもピアノの音色はくっきり・・・スタインだったのか?はたまた、プレイエルだったのか?興味を惹かれる演奏なのである。メーカー問題は、ペンディング一時預かりとしておこう・・・1961年10月6日ライヴ録音、拍手入り。