千曲万来余話その385「チャイコフスキー、ピアノ協奏曲第一番をめぐるオーディオ論その六」
十一月文化の日、来日した米国大統領のお嬢様を日本国首相がおもてなしに、雅楽をお聞かせしたという。それは、日本古来の音楽をという発想の様であったのだが、ところがそれは、中国宮廷音楽が原型であり奈良時代のもの、ナラという言葉自体、国を意味する朝鮮語ハングルである。だからよく考えてみると、一人の女性をお祝いした日本音楽のその響きは中国、朝鮮の装いのものであったといえる。それでは日本固有の音楽とは何かというと、室町時代にさかのぼること、田楽、散楽の音楽なのであって、能、狂言に使用される笛太鼓、テーグンやチャングンなどと親戚の能管や小鼓などこそ、日本独自の音楽なのではあるまいか?使用される音階を詳しく調べると中国、朝鮮の影響から発達した日本固有の音楽である歌劇は、お能そのものであることに気をつけたいのである。
ピヨートル・イリイッチ・チャイコフスキー1840~1893はピアノ協奏曲第一番変ロ短調作品23を34、5歳頃に作曲している。ベートーヴェンの協奏曲第五番変ホ長調作品73皇帝をしのぐ作品としての音楽なのであった。皇帝はT氏の作曲から65年ほど前のものであってグランドピアノにふさわしい音楽をという発想によったものである。
ステレオ録音に限ってみると、グラモフォン盤赤STEREOジャケットのレコードで、スヴャトスラフ・リヒテルが独奏、カラヤン指揮したウィーン交響楽団によるLPが有名である。
その楽器の響きは重厚で、ヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮ぶりもそれに劣らず雄渾な音楽になっている。ここで、ピアノのメーカーについて、考えてみよう。
一般的に日本国内で流通していて、ピアノのLPというと言うまでもなく、圧倒的なシェアは、スタインウエイであろう。これは、60~70年代以降のステレオレコードについてのみ、言えることなのであって、あくまで、総体的な話、事実、SP録音に使用された楽器は、山田耕筰が演奏した仏製プレイエルとか、ヤマハ楽器のプロトタイプである独製ベヒシュタインとか、グランドピアノの制作者メーカーは色々なのである。ところが、ピアノ、というクレジットの無いLPの実態は、スタインウエイによる音が主流で、通用している。だから、ウィーン交響楽団というクレジットの元に、ピアノのメーカー問題はスルーされて実は、リヒテル演奏していた楽器メーカーというのは、ウィーン製ベーゼンドルファーであった?という事実はなかなか語られない話題の一つである。
このことで盤友人が指摘するピアノメーカー問題は、オーディオ録音再生としての音楽論であって、クレジットによるものではないことを、指摘しておきたい。つまり、音楽鑑賞において楽器メーカーには、こだわらないという態度が前提の話題なのである。ここで、オーディオ論その六なのであるのだけれども、良い音とは何か?という究極は、どうも、そこにあるように思われてならない。たとえば、キャデラック、クラウン、ロールスロイス、フォルクスワーゲン、シトロエン、フェラーリ、ランボルギーニ、ヴォルヴォこれら愛称の違いは何も言葉の問題などではなくて、それぞれの操縦性、居住性、デザイン、性能がすべて異なる自動車のことなのであり、車という一言で括ることのできない世界であることは、明らかである。すなわち究極のオーディオ論はグランドピアノという一括りの世界から脱却して個々のメーカーを語るところに、あるように思われてならない。
このリヒテルのピアノ演奏を再生してつくづく知らされるこの頃である。