千曲万来余話その352「交響曲プラハ、クレンペラー指揮モーツァルト論」
オットー・クレンペラーのことを、人は頑固者だ!と決めつけるきらいがある。ここのところを、しっかり考えてみたい。モーツァルトを人は理解していてのことなのだろうか?はなはだ疑問といえる。
オーディオは、モノーラルからステレオ録音という具合に展開を見せていることに対して、その変化を肯定的に受け入れて問題は無い。舞台芸術の受容としてそこを起点として押さえることの重大ポイントであるからだ。
振り返ってみるに、初期のステレオ感に無理があったといえる。それは、高音域左チャンネル、低音域右チャンネルという感覚の問題である。これは、現代では完全に否定可能な認識だ。モノーラル録音時代が1955年頃迄続いたことにより、混乱をきたしていたことは、確かだった。スタンダードとなるステレオ感が確立していなかったことによる。総体の一角をになっていたのがオットー・クレンペラーという指揮者のステレオ録音であった。片やカラヤン、ベーム、ヨッフムらのドイツ系の指揮者たちのステレオ録音が多数派を形成しているのだがそれは、おしなべて過去の両翼配置型音楽の否定が出発点であり、その体現者としてウィルヘルム・フルトヴェングラーがいた。1945年を境界として変化を見せたといえる。旧い音楽として否定された姿を、クレンペラーは、受け入れなかっただけなのである。モノーラル時代の旗手としてアルトゥール・トスカニーニが、そしてその後継者にグィド・カンテルリがその役割を果たすはずであった・・・1956年11月、悲劇は襲いかかり、その記憶に対して、多数派は新しい時代を求めるオーケストラ、ステレオ録音として発展を遂げたのである。その間でも、ケンペ、クーベリックのステレオ録音にヴァイオリン両翼型が存在したことは極めて重要であり、その支柱的存在に、オットー・クレンペラーが居たといえる。
モーツァルトの舞台芸術は、前後左右という四分割の感覚が、キーポイントと言える。ハーモニーの展開が、ソプラノ、アルト、テノール、バスという四声体が横一列に並ぶ現代主流ステレオ感であるといえるのだが、それを一度否定する必要がある。ソプラノの奥にバスが支えて、その一対として内声部アルトとそれを支えるテノールが後ろに配置される感覚、それがすなわちモーツァルトの芸術の起源であり、舞台での左右の対話というものが、ステレオ録音の一つの在り方であろう。
モーツァルト、交響曲第38番は、1787年1月プラハで初演されている。それをクレンペラーは1962年3月ロンドンでフィルハーモニア管弦楽団とステレオ録音を果たしている。彼のモーツァルト愛が込められていて、左右の対話、前後の奥行きが充分の、ロマンがこめられたステレオ録音になっていて、オーディオの充分な醍醐味を味わえる一枚である。つまり、モーツァルトの仕掛けを、左右の対比が、高低音という固定観念から解き放たれた自由な音楽なのであって、単なる頑固者はどちらなのか?と問われるのが、2017年の地平である。頑固者こそは、第一と第二ヴァイオリンをたたんで、コントラバスを舞台上手に配置する指揮者たちを指すといえる。そこに、モーツァルトの愉悦感を味わえることはないのである。
百の左右高低ステレオ録音を聴くのではなく、クレンペラーのステレオ録音一枚を聴くことにより、極楽往生を遂げると云えよう!