千曲万来余話その345「B氏ヴァイオリン協奏曲、演奏と、メディアリテラシーと・・・」

B氏というと、ベートーヴェンか?ブラームスか?はたまたブルッフなのか?思わせぶりである。ベルク?、ある天使の思い出に・・という副題の十二音技法の名曲だって考えられる。あの曲では、バッハの旋律がクラリネットで奏でられた瞬間、打ちのめされた経験があるが、それはまたこの次の機会に回して、ニ長調の作品61、というともうお分かりのこと。      
 ベートーヴェンもブラームスも、チャイコフスキーもニ長調が第一楽章の調性である。GトDニAイEホという4本の弦を自在に操り、ヴァイオリンは演奏される。1982年10月6日札幌厚生年金会館に、38歳のウート・ウーギが札幌交響楽団230回定期に登場、ストラディバリウス、ヴァン・ホーテンを使用して名演奏を披露した。彼は不動の姿勢を保ちつつ、第一楽章後半から左側、そして右側へと体を向けて、美音を隈なく伝えていたのが印象に残っている。彼の楽器は、クロイツェルが使用していたものと云われている。    
 そんな経験があり、ストラディヴァリに対してはとりわけの親しみがある。札幌市民会館では、サルヴァトーレ・アッカルド、彼はナタン・ミルシュテインにも師事しているとのこと、そのコンサートで、B氏のクロイツェル・ソナタ、ピアニストのブルーノ・カニーノの名演奏でも強く記憶に新しい。終演後の楽屋でコーヒーを一服していたA氏に、使用した楽器の質問をすると、ストラディヴァリ、セヴンティーン・トゥエンティーと明快に答えて頂いたのはうれしいことだった。      
 親しい知人からファクシミリが届き、新聞記事切り抜きで、聴衆 現代製に軍配、ストラディバリウス負けた・・という見出しが目に飛び込んできた。一体これは何事ぞ?というと、演奏者にはどちらのバイオリンかわからないようにソロで弾いてもらい、どちらの音色がよく響くかなどを、聴衆が評価したという。演奏された楽器がストラディバリウスかどうかを聞いた質問の正答率は44・7%で、名器の音色を聞き分けられなかったこともわかった・・という記事の内容。楽器の音色判断は、かなりむつかしいもので、だいいち、ストラディバリウスの音色に親しんでいる聴衆は、どれだけ居たのか?正答率は、すなわち、それほど識別することは難しい証左であり、演奏行為というものは、名人技というものにより実現されるものであって、それをもって、現代製品の優秀性のアッピールとは、いかがなものか?というのが盤友人の感想であり、新聞報道、とりわけ見出しの、結論そしてその言わんとするところに、疑問を持たざるをえない。見出しを打ち出した記者の判断は、どこにあるのか?その記者個人の価値観に対して疑問を呈したい。つまり、その見出しでは、ストラディバリウスを否定することにもなるのだが、それは、正しい判断と言えるのか?ということである。     
 聴衆の音好みと、名器の真価との一体感は微妙な関係であって、この見出しは、事実の報道、研究チームの論文紹介という側面と、名器を現代製品より格下という指摘をする紙一重のところにあるのではないか。     
 新春TV番組で楽器の音色判断するものは、解答者の正誤結果を愉しむのであり、楽器の音色の判断をどうするものでもない。人の失態を笑うというのは、あるまじきであるのだが、新春に免じてその滑稽さを初笑いの対象にしているだけ。B氏の協奏曲は第二楽章で独奏楽器とオーケストラがピッツィカートという弦をはじく音楽がしばらく続く。いつか雨宿りをしていてそのうちに、天気が晴れ渡っていく感じがし、続く第3楽章のロンドは、実に壮快になる。