千曲万来余話その336「メンデルスゾーン、ヴァイオリン協奏曲の冒頭部分にこだわると・・・」
スピーカーの経年変化により、ヴォイスタッチのようなヒズミが起きるようになり、札幌音蔵社長KT氏に修理をお願いすることになった。彼にチェックを任せることにした。その間に、ローサー、LIBという同軸型の小振りなスピーカーを再生する段取りになった。
接続を終えて、音を出し、それまでのセッティングでのハム音など、まずいシステム上での問題が明らかになる。原因は外部シャーシアースの取り付け過ぎでループしていて、ハム音を引き込んでいたということが明らかになった。 墓穴を掘っていて、すぐ、修正が出来て同行してくれたSK技師の力量が発揮され、一同、笑顔になる。そこで、体験できたことは、いい音とは何か?というと、ディスクの情報を充分に再生して、よけいなマイナス現象を除去することから始まるのだなということに、思いが至った次第である。オイロダインを接続していて。気がつかなかったシステム上での問題が、とりあえず、解決されてスッキリすることができたのである。
LPレコードを再生して、音量が増すのではあらずして音圧が向上するというのは、スピーカーから放射される音波の振動感が、顔に感じられるか、そうでないかで判断できるのである。コンパクトディスクは、ノイズがない代わりに、音波放射されている振動感が皆無なので、空気感が無いといえる。そこのところ、アナログとディジタルの決定的な相違だ。ピアノという単一楽器の演奏を再生するとき、音がキレイなだけなのがCDで、空気感に満たされているのがLPというわけだ。空気感があると、録音された空間で演奏を間近にしている感覚になる。だから、一体感があって、長い時間、鑑賞を続けても気がつかないというか、録音情報に忠実度が向上すると、今まで気がつかなかったことが、ひょっとしたことで気付かされて感動を覚える。それまで、何回も、何十回と再生していたレコードから今まで気づかなかった音楽が聞こえたとき、その経験はこれからも長く記憶されることになる。それが、メンデルスゾーン作曲、ヴァイオリン協奏曲ホ短調冒頭の開始部分だ!弦楽器のサワサワした音楽の奥に、なんと、ティンパニーがポン、ポ、ポンと付点音符でミとシが下降してミにもどる音楽が、極め付きのPPピアニッスィモの音型で浮き出てきた。瞬間の音楽で、今までこのような印象に残ることは無かった。エフレム・クルツ指揮した、フィルハーモニア管弦楽団のとびっきりの名録音である。この手の印象をうけた感覚は、無かったのだ。ソリストに関係ないではないか?という疑問を口にされそうなのだが、否、その緊張感こそ、この音盤・ディスクのもっている音楽のポテンシャルを証明する。演奏全体の緊張感の表現が、開始部分の音楽になっているのであった。
クレジットによると、録音データは、1956年である。あのオーケストラで首席ホルン奏者は、デニス・ブレイン!演奏者たちの緊張感をいやがうえにも、高めている存在が、デニスの触媒のような働きで、やたら音量を誇るのではなくて、演奏のテンションを高めている。展開部おしまい独奏者によるカデンツァといって、単独で技量を発揮し終えてから、木管楽器、弦楽器へと移行して、ホルンがポーッと保持して演奏される一音が、この音盤のピークを成している。開始から八~九分経過しての頃合いで、一心に集中、注意する時間なのだ。独奏者ユーディー・メニューインの演奏も極上で、哀しいほどに美しい名盤である。