千曲万来余話その335「モーツァルトK550、井上道義指揮ザルツブルグ・モーツァルテウム楽団」
モーツァルト交響曲第35番ニ長調ハフナーと、第40番ト短調K550の2曲を井上道義は25歳で、1971年にザルツブルグ・モーツァルテウム管弦楽団を指揮、そしてレコーディングを果たしている。当時、グィド・カンテッリ・ミラノ国際指揮者コンクールグランプリを獲得して輝かしいキャリヤを打ち立てたばかりである。大変に立派な記録。オーケストラは、伝統ある本拠地のもので、彼にとってどれだけの経験になったか、はかりしれないものがある。彼自身、マーラー、ショスタコーヴィチの曲もさることながら、ハイドン、モーツァルトの音楽を第一に押している。すなわち、クラシックの大本を手中に収めたいと発言し、着々と実現している。大病を経験し、芸術をさらに深める境地を迎えている。生意気だった青年指揮者も、すでに70代、大輪の花咲かすことが期待されている。オーケストラが、モーツァルテウム音楽院管弦楽団だったこのレコード、充実した音楽になっていて、聴きごたえがある。弦楽器も第一、第二ヴァイオリン、アルト、チェロ、コントラバスと左右スピーカーの手前に展開する。交響曲第40番は、第一楽章がモルト・アレグロという音楽である。ここで、指揮者の設定するテンポは、選択を迫られることになる。というのは、モルト、充分にという音楽用語の解釈として二つの選択肢があるのである。速度四分音符120より急速にするか?緩やかにするものか?二種類の演奏に色分けされている。
次に、クラリネットを使用するのか、否か?の判断をどうするのか、二つの選択肢がある。作曲者第二版が、クラリネット採用の音楽である。ここでも、レコーディングした指揮者は二通りに分かれている。さらに、第一楽章終結部、転調を繰り返して、フルートの旋律が主旋律でメロディーライン通りに上行するのは、改定が加えられたもので、原譜は楽器の都合で上にあがらない音楽という二種類になる。井上道義は、緩やかなテンポで、クラリネットを採用し、フルート旋律の改定を加えては、いない。改定といっても音符一つだけれど、異なる印象を与えるものだ。
録音 | ag | |||
1971 | 25 | 井上道義 | ザルツブルグ・モーツァルテウム | 緩、第二版、オリジナル |
1948 | 62 | フルトヴェングラー | ウィーン・フィル | 急速、原典版、オリジナル |
1950 | 83 | トスカニーニ | NBC交響楽団 | 急速、第二版、オリジナル両翼 |
1956 | 71 | クレンペラー | フィルハーモニア管弦楽団 | 緩、第二版、オリジナル両翼 |
1959 | 83 | ワルター | コロンビア交響楽団 | 緩、第二版、オリジナル |
1959 | 45 | フリッチャイ | ウィーン交響楽団 | 緩、第二版、上行型 |
1961 | 67 | ベーム | ベルリン・フィル | 中庸、原典版、オリジナル |
1962 | 77 | クレンペラー | フィルハーモニア管弦楽団 | 緩、第二版. オリジナル両翼 |
1976 | 82 | ベーム | ウィーン・フィル | 中庸、原典版、 オリジナル |
1980 | 66 | クーベリック | バイエルン放送交響楽団 | 緩、第二版、上行型、 両翼 |
1981 | 48 | アバド | ロンドン交響楽団 | 緩、原典版、上行型 |
音符がわずか一つでも、オリジナルか?改定か?という風に印象は異なり、テンポ一つでも時代をあらわし、ヴァイオリン両翼配置などはその指揮者の音楽観を表現していて、興味深いものがある