千曲万来余話その328「シューマン、幻想小曲集を弾くイーヴ・ナット」

 レコードの価格は、一体、何が正しいだろうか?言えることは、昭和四十年代で二千円であったということである。そのうち、千円の廉価盤というものが普及していった。現在は、中古レコードとしては、百円から五百円と、購入しやすい。ところがである、クリケットレコードが設定している輸入レコードは、二千円から四千八百円のレコード、一万円や二万円、はたまた、九万円などなど、さまざまであり、目が回り、面食らうものであろう。つまり、定価などという感覚は、一切ないのが現実である。    そこで、レコードというものが、どのようにして、製造されているか、認識している必要がある。初版盤というもの、オリジナルといわれているものは、最初期にプレス製造されたレコードを指していて、入手が難しいもの、だから、高額であり、といっても、三千八百円とか入手しやすい設定のものもあるが、それなりに設定されていてマチマチである。たとえば、マルセル・メイエルという女流ピアニストのものはオリジナルレコードが大半であって、モーツァルト、ピアノ協奏曲第二十番など九万円の価格でなければ、購入できない。盤面のコンディションにもよるが、そこは、仕入れ値と店主の判断により、決定されていて、それなりの価値判断によっているといえるだろう。   
 国内盤というものは、五十年前は二千円というのが基準となっているが、元はというと、輸入盤がオリジナルであり、マスターテープからプレスされたものとか、それをダビングされたテープからプレスされたものが大半であって、音質的にも、高音域がノイズ対策としてカットされている実態が、国内盤には大多数であり定価の感覚が生きているものである。盤友人は、手を加えていない輸入盤が、購入の大多数を占めていてそのレコードといっても、初期盤から第二版、普及されているサードプレスなど色々な種類のものが、流通していて、それなりに購入する判断が必要とされている。クリケットレコードで用意されている最近プレスされた新発売レコードこそ、定価が設定されているけれど、それとても、以前の二千円という固定感覚にとらわれては、判断が難しい価格が設定されているといえる。購入する際には、いずれにしろ、店主との会話から購入する判断を下すのが一般的といえるだろう。購入する全てのレコードを、オリジナルに限る人もいれば、五百円程度のものを多数購入する人もいるだろう。いずれにしろ、それなりに価値判断必要なのが、趣味の世界といえる。  
 たくさんのレコードの中から、昔は、ベートーヴェンのソナタを集中的に聴いていたものを、シューベルトのソナタ、即興曲や、リストの超絶技巧練習曲集という具合に鑑賞する範囲を広げて最近は、シューマンの世界にまで、広げている。彼の音楽は、古典派からロマン派の世界へと展開を見せていて、それは、個人の感情を音楽に反映したものである。古典派の世界は、形式が土台であって、そこから展開しているのだが、幻想小曲集など、第三曲、何故にというタイトルが示す通り、作曲者の内面世界が、そのまま、ピアノ曲で創作されている。もはや作曲する対象となる音楽はソナタや舞曲集ではなく、小品からなる曲集の構成であり、形式を超えた抒情世界であるのは、ロマン派音楽の象徴である。イーヴ・ナット、1950年代のアンドレ・シャルラン技師録音による音盤は、その魅力を充分に伝えて、不足はない。