千曲万来余話その326「ハイドン、弦楽四重奏曲ジョークのステレオ録音」
以前、太陽が東から昇り西に沈む様子を、天動説で認識していたのは、よく知られている。
ポーランド人聖職者で天文学者でもあったコペルニクス1473~1543は、イタリアに遊学して その後に、回っているのは天ではなく、地球自体であるという地動説を唱えた。
一日のうちで昼間に思考している限り、地球が回っているという自覚は、ほぼ、無理というもの、ところが、夜中に星空を眺めていて、星座が天空を移動していく様子を観察していると、北極星ポールスターを中心軸として右手側から左手側方向に展開するのが自覚できる。そこで、冬の空から、春の空へと移行するに従っていく模様など、回っているのは、地球自体ではあるまいか?というふうに思えてくる。春分の日、三月二十日前後、夜十時ころ空を仰いでいると、東の空、中空にアークトゥールスが目立つし、南側には、木星、そしてスピカが見える。北の空に春の大曲線、北斗七星の柄の部分にたどりつく。西の空には、プロキオン、ベテルギウス、そしてシリウスと、冬の大三角形が印象的だ。というふうに、地球の自転と太陽の周りの公転というのが、実感されて楽しい。
長々と、星の話を引用したのには、訳がある。音楽の演奏形態の認識も、現在の様子は、ステレオ録音の普及にしたがって、移り変わりがあったという認識にたどり着くには、時間がかかるというものである。一月にこのサイトで、弦楽四重奏のステレオ録音で、ヴァイオリン両翼配置は無いものか?という発信をして、盤友人は、そのレコードを入手することが出来たのである。
イギリス・マイナーレーベルSAGAのLPステレオ録音、ハイドンのジョーク、鳥の二曲。ジャケット写真が演奏風景ではないのは、そうなのだが、演奏に注意すると、左側スピーカーから、チェロと、第一ヴァイオリンが、そして右側から、アルトと第二ヴァイオリンが聞こえてくる。
ジョークを聴いていると、第一と第二ヴァイオリンの関係がユニーク独創的で、フランツ・ヨゼフ・ハイドンのエスプリが、充分効いている。そして、なにより、第四楽章の終末が、終わるようでなかなか終わらないという、パパ・ハイドンのユーモアがこめられていて、ニヤニヤしている作曲者の機知が表現されていて、秀逸である。
このレコードは、きわめて、貴重である。すなわち、現代がヴァイオリン両翼配置をタブーとしている時代なのであり、大多数の音楽家は、ヴァイオリンを畳んで、両翼配置の展開を忌避しているからである。古典派の作曲家たちは、その前提として、この配置がイメージされて、作曲されていたのであって、現代の配置は、それは、不幸なのが現実であるといえよう。
録音技師たちにとって、左側にチェロの音響は、カブるといって、避けている配置、すなわち、左から右へと一列で録音する意思が働いている。これは、作曲者のイメージと齟齬をきたしているのだ。このステレオ録音を聴くとそのことが、よく理解することが出来る。現代では、東京で、古典四重奏団が実践している。盤友人としては、彼らの行き方こそ、待望しているというものだ。
時代という大前提に気がつくということは、天動説から地動説へと展開する認識の努力に似ているといえるだろう。