千曲万来余話その304「G・グールド、ブラームス間奏曲集とモーツァルトのソナタ集を聴く」

1月12日は今年で初めての十五夜すなわち満月の夜。19時頃に夕食を終えてオーディオ部屋に入る。室温は5度、湿度30%で石油ストーブにスイッチを入れ暖を取る。15度まで上がるのには、一時間半くらいかかる。ピアノ独奏曲のレコードを再生すると、ピアニストの弾くタッチで、レガート、スタッカート、ノンレガートが克明に聞き分けられる。実にオーディオファンにとってはたまらない時間だ。月はどっち?という日本語訳は気が利いているけれど、どこか違和感がある。英語では、ハウハイ?ザ・ムーン。今夜のお月さんは、空のかなり高くに昇る。それは夜遅くであり、時間を聞く言葉なのだろう。方角ではありえない。
グレン・グールドが弾くモーツァルトのピアノソナタ第一番ハ長調と第二番ヘ長調を聴く。
聴き進むに及んで、腰を抜かしてしまう。第一楽章アレグロ快速にでは、やや速いなという感覚、第二楽章アンダンテ歩くような速度では、普通のテンポ、第三楽章アレグロでは、器械が壊れた?と思わせるふうに、テンポはプレスト急速でというもの。壊れたのは、グールドでは?というぐあい、盤友人としては、にやり。彼は確信犯であり、意表をついた演奏のレコードなのである。
お店の人から、ある人などトルコ行進曲を聴いて、仰天、レコードボックスに戻されてしまった、という笑えない話があった。 グールドの演奏は1965年頃の録音、K331、第11番イ長調トルコ行進曲付きなど、だいたい緩いテンポ、第三楽章では思いっきりゆっくりのテンポ設定で、中間部のトルコ風のところでは分散和音を面白く聴くことができる。三つの楽章を終えて、続くK545第15番ハ長調、軽快なテンポで開始される。何気ない音楽である。だから、ニヤリとしてしまうのだ。彼は無心でモーツァルトを演奏している。意外なテンポの設定は、聴き手の予断を拒否する彼の感覚であろう。なにも、レコードを戻すことはなく、けれど、それを我慢させるには、時間がかかることなのであろう。盤友人は、1983年ころプレスの箱物をしばらくは、愉しめないでいたものを、ようやく、味わえるようになったというのが正確であろう。両手ともに、スタッカートというはねる演奏ではなく、左手はノンレガート、右手はスタッカート、あるいは、三つの旋律線で、低声部はレガート、中はスタッカート、高声部の右手はノンレガートという演奏を、グールドは引き分けている。1955年、バッハのゴールドベルク変奏曲をモノーラル録音、23歳でレコードデビューしたトロント出身のカナダ人ピアニスト、その10年後演奏会ドロップアウトの宣言により、レコード録音にのみ演奏活動を続けた異色の経歴をもち、1982年、10月14日トロントで、心臓マヒにより逝去したと伝えられている。
1960年録音、10曲のブラームス間奏曲集を聴いた。ロマンティックな演奏とは、このLPレコードのためにあるような言葉。モーツァルトのトルコ行進曲つきを聴いたら、あーこのピアニストは、スタッカート、ノンレガート奏法のピアニストというレッテル貼りを人はしがちである。
このLPを聴く限りにおいて彼はレガート奏法の達人で、うなり声をしながらのピアノ演奏を、してはいない。これは録音技師と演奏者の良好な関係を物語っている。ブラームス間奏曲集録音をグールド自身最高の出来と言わしめているほどの名盤LPレコード、疑いなし!