千曲万来余話その294「美しいウィーンフィルのモーツァルト、ケルテスが指揮した第25番」を掲載。
アマデウスというミドルネイムをもったモーツァルト、彼の命日は12月5日で余り幸せなものではなかったと伝えられている。依頼されたレクイエムはラクリモーサ涙の日、作曲の途中で、遺体は共同墓地に投げ込まれ、そのうえ、行方は謎のまま。1791年のことだったから、今からすると225年前のことだ。彼は、1756年1月27日ザルツブルグに誕生、34年の短い人生に多数の傑作を作曲した稀にみる天才音楽家、英国でもっとも愛されるのはモーツァルトといわれている。 だいたい、クラヴィコード、いわゆるピアノフォルテの前身、鍵盤楽器の作曲は多数有り、ヴァイオリンなど弦楽器の演奏も自在で、弦楽四重奏など室内楽も多数、歌曲や、歌劇も名曲揃い。その総数は、ケッヘル番号でいうと、626がラストナンバーである。625というのは、5の4乗であり、626は、自身とジェスマイヤーの補作になるレクイエムニ短調である。
交響曲第25番ト短調K183、1773年10月5日ザルツブルグにて完成している。四楽章の構成で、交響曲の短調作品はK550のト短調と二曲だけ。小ト短調ともいわれている。
開始は、弦楽器による悲劇的な色調をおびた音楽、やがて、オーボエによる印象的な独奏を展開して緊張感を演出する。この曲、屈指の名演奏は、1972年に記録されたウィーンフィルハーモニーによるものだ。指揮者はイシュトヴァーン・ケルテス、1929.8.28ブダペスト生まれ~1973.4.16テル・アヴィヴ没。彼の死は遊泳中に高波にのまれたという悲劇的なもので突然の出来事だった。
一般的にいって、モーツァルト、小編成の音楽は、アンサンブルにコンサートリーダーが座っているだけで、演奏は可能である。だがしかし、ケルテスが指揮をすると、指揮者は存在していながら、彼はエア、メロディーに昇華して、演奏を邪魔しない、聖なる存在となる。音楽そのものだから、彼の意志は、感じられなくて、それでは、不必要な存在なのかというと、さにあらず、ウィーンフィルハーモニーの要となり、きわめて、大切な指揮者ディリゲントということができる。
空気のような存在というのは、誤解されるが、必要な存在というのと同義なのである。
ウィーンフィルハーモニーと、イシュトヴァーン・ケルテスの出会いは幸せであり、ドボルジャークの新世界から、とか、ブラームスの交響曲四曲、モーツァルトは、25、29、35、36、39、40番の交響曲、オペラや、レクイエム等々数少ないレコードは、全てどれも、珠玉の名盤といえる。
彼の指揮姿は、日本フィルハーモニー交響楽団とバルトーク、管弦楽のための協奏曲が、貴重な映像で残されているのは、せめてもの幸いである。首席チェロ奏者は、若き日の土田英順氏だ。
小ト短調交響曲を演奏するウィーンフィルハーモニーの音楽は、すべて、バランスが整っている。それは、指揮者ケルテスのお陰なのだろう。彼の人格が音楽、演奏に投影されているのであって、オーボエ独奏、たぶん、カール・マイヤーホーファーの音色は、唯一無二、不滅の記録となっている。オーケストラプレーヤー達は、一心に、ひたすら耳を澄ませて、モーツァルトを演奏している姿が、目に浮かぶようである。彼らの魂は、盤友人に、再生する音楽愛好家すべてに、幸福をもたらしてくれるだろう。