千曲万来余話その286「ラヴェル、夜のガスパールを弾くV・ペルルミュテール」を掲載。
「倍音の分からぬ輩に、オーディオの話は無縁である。」とは、五味康祐の言葉である。少し断定的な言い方であっても、盤友人には魅力あるもの言いだ。
まず、倍音とは何か?それを理解するのに、オーディオの経験年数を必要とする。つまり、経験の上に感得できる言葉である。ピアノのオトカズ一つの音楽が分かりやすい。ピアノから立ちのぼる揺らぎない、かおりのようなものだ。
たとえば、ラと、オクターヴ上のラの二つを同時に鳴らすとする。その時、その聴感上の周波数音のことである。整数倍の音響が鳴っている現象で完全八度、その上完全五度、そのまた上の長三度上と空気の振動が聞こえる。
という説明をすると、なんのことやら、雲をつかむような話になるけれど、ピアノという楽器の音響を味わうことであるというと簡単な話で演奏行為と、その音響に耳を澄ませると経験できるものだ。
モーリス・ラヴェル、フランス印象主義派の作曲家、ピアノ音楽、室内楽、管弦楽曲、そして合唱曲など、幅広い作曲作品を残している。1875年3月7日に、スペイン国境近くバスク地方の村、シブールで生まれ、1932年自動車事故に会い、1937年12月28日パリにて亡くなっている。
管弦楽曲、ボレロとか、舞踏音楽、ダフニスとクロエなど有名、作曲界の登竜門・ローマ賞では、1901~03年連続大賞受賞を逃している。彼の音楽が当時のアカデミズムと合わなかった事情を物語るエピソード、決して才能の問題ではなく、批判されたのは大賞の方であった。落胆していたけれど彼を支えたのは芸術家グループ・アパッシュで1908年、ボードレールに影響を与えた詩人ベルトラン遺稿の1842年レンブラント、カロ風の幻想詩夜のガスパールをもとに傑作は作曲された。
第一曲水の精オンディーヌ、第二曲絞首刑の台、第三曲スカルボという構成で急、緩、急の対比コントラストがあり、超絶的な技巧を駆使した音楽になっている。
特に、変ロの単音が、弔いの鐘の音のようにゆっくり、静かに執拗にうち続けられる第二曲、まさに、演奏者がピアノの音色に集中する緊張感は、薄ら寒く小気味よい。倍音を聞く好適な一曲になっている。
ヴラド・ペルルミュテールは、1973年、ピアノ曲全集をニンバスレコードに残している。作曲者直伝の教えを受けた高弟の一人で、孤高の境地を記録している。名演奏は他に多数あるけれど、彼ペルルミュテールの演奏には、力み感が皆無で、ピアノ演奏の一つの典型、非常に聞きやすくて、楽器の音響を味わうのに充分だ。柔らかくなおかつ迫力もあり、幅広い演奏、そして香り立つ倍音の音色に耳を惹きつけられる。このレコード音楽再生は、貴重な体験となること受け合いだ。
盤友人、小学三年生でピアノ弾き始めた経験から、五十余年にして到達、これは、長すぎたというべきか、あっという間というべきか、手の甲を返して手相に見入ってしまう。
ラヴェル、ペルルミュテール、ああ!盤友人は札幌音蔵社長KT氏に、無上の謝意を献呈する。