千曲万来余話その284「ルドルフ・ケンペ指揮、ミュンヘン・フィルによるブラームスの1番」を掲載。
オーディオ人生、盤友人は昭和54年に40万円の予算で始めてプレーヤー、アンプ、スピーカーの一揃いを自宅の二階にセットしている。就職して、趣味の世界は音楽、合唱団に所属して札幌交響楽団の定期公演のステージ、ブラームスの愛の歌を唱いたいがために、老舗の合唱団に入団した。合唱指揮者は、宍戸悟郎、オーケストラ指揮者は岩城宏之だった。コンサート・マスターは、ルイ・グレーラーさんで、彼の経歴として、NBC交響楽団の奏者、アルトゥール・トスカニーニ指揮でのキャリアを持っていたプレーヤーである。後日、伝え聞いた話では、愛の歌の演奏を終えて舞台袖でグレーラーさんは、美しい!、と涙を浮かべ振り返っていたとのことである。
その合唱団が縁あって、KYさんの手ほどきにより、オーディオ人生をあゆみ始めている。あれから、37年の月日がたつ。昭和61年には、タンノイのオートグラフを浜松町のフィガロから取り寄せたり、平成6年9月には、そのKYさんから入手したのがドイツ製スピーカーのオイロダイン、フィールド式だった。スピーカーが、ペア左右一対でウーファー、ドライバーそれぞれペアで四発のスピーカーを、装備している。500ヘルツカットのウーファー、中低域を受け持つ。ドライバーは、鋳鉄のホーン仕立てである。
盤友人の父親は大正8年生まれ、認知症でもひとりで入浴を済ませて健在、その彼はステレオというもの、スピーカーが二台ある理由を、理解していない。すなわち、スピーカーは、二台とも同じ音が出ていると思っている。その程度の理解である。笑うことは容易である。が、その認識を嗤うことはできない。なぜなら、スピーカーが二台あるその理由を、万人が、理解しているとは、思えないからだ。
スピーカーの二台をチャンネルの数が二つであって、左右の情報が別々であるという事実、さらにいうと、定位フェイズというものは、左右のABチャンネルとCというセンター中央の三点の、感覚を理解している人は、少数派であろうと思われるからだ。ちなみに、オーディオ仲間の部屋に伺って、左右スピーカーの中央に、アンプ、プレーヤーを設定している方が、いらっしゃるからである。その人は、部屋の都合でそのように配置するしかないと思われているのだけれど、中には、中央に映像を置かれる方もいらっしゃるのではないか?彼らには、Cという中央の定位感覚が欠如していることを証明しているのだ。
バスフLPレコードで、1975年5月録音、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団をルドルフ・ケンペが指揮したブラームス交響曲第一番ハ短調作品68は、極上の音楽が記録されている。
左右に振り分けられたヴァイオリン群、左側スピーカーから主旋律が奏でられて、右スピーカーからは、合いの手を第二ヴァイオリンとアルト=ヴィオラが受け答えを演奏する。まさにこれが、ステレオ録音の醍醐味であろう。このLPレコードは、貴重であって、なぜなら、大量に流布しているレコード録音は、ほとんどが、左側スピーカーに第一と第二ヴァイオリン、右側スピーカーにチェロとコントラバスという配置の音楽だからである。ブラームスの音楽は、舞台の左右で対話するものであり、ケンペはそれを記録して、盤友人はその音楽再生に懸命というわけだ。万歳!