千曲万来余話その278「ワルトシュタイン・ソナタを録音したラド・ルプー」を掲載。
風にふかれて、ボブ・ディランは吟遊詩人であり、燕尾服を着てストックホルムに現れるのだろうか?叙情派詩人的ピアニスト、ラド・ルプーは、1945年11月30日ガラツ生まれ、ルーマニアの人。ロンドンを拠点として活躍している現役。ブラームスの第一ピアノ協奏曲を演奏、客席で聴いていたマリア・ジョアン・ピリスは、ボロボロ涙をこぼしていた、というエピソードを記述したものを雑誌で目にしたことがある。かの曲は、1858年、作品15として発表された、動機にシューマンの死を想像させる慟哭の音楽、ルプーは堂々と演奏し客席にいた繊細なピアニストは、多分、自然に反応していたのだろう。
ベートーヴェンは、1804年ウィーンにて、ハ長調作品53として、第21番のワルトシュタイン・ソナタを作曲している。
鍵盤を増やしたフォルテピアノのために、ということは、音域を広げようという野心作。
1972年頃録音、悲愴、月光、ワルトシュタインという三名曲、ピアニッシモの美しさ、ピアノのリリシストといわれているラド・ルプー、彼は、全集録音には興味を示していないようだ。ところがこのLPレコード、ずしりと手応えがある。どういうことかというと、彼は、耳を研ぎすませて楽器の音色に、細心の注意を払っているのが、ひしひしと伝わってくる。大変立派な録音である。何が他のレコードと異なるのか?それは、倍音である。ぐんぐん伸びるピアノの音色は、倍音を生み精彩を放っている。メロディーラインは、どちらかというと、大胆で、彼の関心は、ピアノの音色にあるようだ。意外と、男性的な演奏になっている。これほど、繊細な演奏は、そう出会えるものではない。
そのジャケット写真は、さざなみの湖に月光が映え、湖岸の岩に腰掛けているピアニスト。風情を湛えたLPレコードに似つかわしい。そのセンスは、なかなか秀逸である。
叙情派詩人的ピアニスト、ラド・ルプー、現代では貴重な存在だ。