千曲万来余話その277「ピアノの音色を愉しむ、不滅のピアニスト、クララ・ハスキル」を掲載。 by盤友人。
世の中の常識の一つとして、ピアノの音は減衰するというものがあるのだけれど、みなさんは、どのような思いをされているだろうか?
だいたい、多数の人の思い描く音色のスタンダードというと、スタインウエイだろう。盤友人は大学で、ピアノの試験の時、ベヒシュタインを弾いたことがある。鍵盤を前にして、最初のタッチは、どこから始めるのか?と、迷いは強烈だった。なにか、巨大なマシーンを前にして、鳴り出した音は、あたりに響きが広がる感覚がして記憶に焼き付けられたことを覚えている。鍵盤は、象牙たった。航空機の操縦席ピットに座った感覚、それは、ピアノというより、倍音がよく延びることにより、不思議な感覚がしたのだった。音がグングン延びるというのは、めったに経験しないものである。だから、そのとき経験したのは、まさに、ピアノを弾く醍醐味の一つであったと、そのときは夢中で分からなかったのが、今となっては思いをいたすというものといえる。いずれにしろ、ピアノの音色は、ギリシャ、パルティノン神殿の柱のように、中央が膨らんでいるエンタシスという感覚である。減衰するにしても、ブーウンと膨らむという感覚がしている。この感覚は、たぶん、理解を共有できる人と、お友達になりたく思う。
ディヌ・リパッティという早世したルーマニア出身のピアニストのLPレコードジャケットを手にして、それの写真で知らされるのは、BECHISTEINというメーカークレジットである。それはモノーラル録音のものなので、最近、耳にするピアノの音色とは、少し異なっている。彼と同郷に、クララ・ハスキルという、不滅のピアニストがいた。晩年1960年頃、記録している演奏にベートーヴェン作曲、ピアノソナタ第18番変ホ長調作品31―3がある。
この演奏、ピアノメーカーのクレジットがあるわけではない、しかし、味わい深い音色にどことなく心を惹きけられる。1804年に出版されている四楽章形式のソナタ。さりげなく弾き始められて緩徐楽章である第三楽章まで聴き進むにあたり、ドキッとさせられる。
ピアノの音が、さりげなく、グングン延びるのである。和音ハーモニーで倍音が、よく鳴っている。これは、並の演奏ではない、ただならぬ気配を感じさせられる。この感覚は、ベヒシュタインならではの経験だ。つまり、演奏しているハスキルは、このピアノ、すなわち、愛用していたリパッティへの追慕の記録ではなかったか? 「どこにも書いてあるのでなくて、聴いた感覚を、発信しているだけであり確証はない。
大音響を聴かせるではなく、さりげなく弾き進められるベートーヴェンの奏鳴曲ソナタの世界、それは、それは孤高の高みに立ったハスキル芸術の真骨頂、まさに、不滅のピアニストである。 「温故知新、古きを温めて新しきを知る、耳にするは、ハスキルのピアノ、ベートーヴェンの音楽、生きる糧は、パンのみにあらず、オーディオこそ現代のツールであり、仕合わせというものである。二千五百年前からの、中国の言葉に元気を頂く、真理は深遠なる音楽にこそ宿る!・・・