千曲万来余話その259「楽興の時、アンヌ・ケフェレック嬢vs、ウィルヘルム・バックハウス」

8月4日10時頃、夜空を見上げると頂天には、夏の大三角形が印象的である。 天の川も見えやすく、その中に輝いているのは、白鳥座のデネブ、そして近くに琴座のベガ織女星、南側には、わし座のアルタイル牽牛星という一等星、織り姫と彦星の一対がめざましく輝いている。
ウィルヘルム・バックハウス 1884.3.26ライプツィヒ生まれ~1969.7.5オシアッハ・ゼーは、シュテフト教会でのリサイタル途中で心臓発作に見まわれて、帰らぬ人となられた。 7歳でライプツィッヒ音楽院に入学し、アロイス・レッケンドルフに師事している。
1897年秋、当時の大ピアニスト、オイゲン・ダルベールにその才能を高く評価され、ベートーヴェンの解釈、テクニックなど伝授されている。鍵盤の獅子王といわれるほどの技巧派、演奏活動はピアノ一筋で展開されている。酒も煙草も、たしなまなかったといわれる。
ウィーンで、彼の使用したベーゼンドルファー・インペリアルは数多くのレコードを残している。 1955年10月、バックハウスはシューヘルトの楽興の時をレコーディングしている。 六曲からなる作品94、ドイツュ番号780。第2曲は、アンダンティーノ、アンダンテより速く、ゆったりとした音楽、鐘の鳴るような音楽が演奏される。晩年シューベルトの心境を想起させる、印象的なものになっている。バックハウスは、けれん味が無くさりげない音楽にしているが、実に味わい深い。
フランスのアンヌ・ケフェレック、1968年ミュンヘン国際音楽コンクールに優勝しているピアニスト、彼女はエラートレーベルに、シューベルトを録音している。ピアノ、ベーゼンドルファーというクレジットがある。端正な音楽で青年シューベルトの造型に成功している。 バックハウスの演奏には、作曲家の意志が感じられるのに比較して、彼女の演奏にはシューベルト の世界はこうなのだろうなという思案が感じられる。それは、演奏者が男性であるか?女性なのかというところ分水嶺にたどり着く。
女性にとって、男性の心理は、?疑問符が解決されない対象の音楽なのである。彼の音楽は、モーツァルトやドビュッスィ、ラヴェルの楽譜などとは異なる世界である。
ロマン派とはそういう音楽であり、そこがまことに、面白い。 ケフェレックの弾くベーゼンドルファーと、バックハウスの弾くそれとは、世界が違う、同じメーカーのものであっても、である。たぶん、それは、経験の世界の相違なのであろう。彼には、前人未踏のキャリアがあるのであって、彼女には、ない世界である。
天の川、夏の大三角形は、ひときわ、印象的でありシューヘルトも眺めていたものかも知れない。 ロマン、はてしがない。