千曲万来余話その248「ブリテンとロストロポーヴィチが共演したシューベルト」

7月4日は旧暦で6月1日、新月夜にあたる。これから7月20日に向けてスピーカーの響きは倍音成分のデシベル音圧、上昇傾向を見せていくことになる。夜空で頭上には琴座のベガ、白鳥座のデネブ、わし座のアルタイルという夏の大三角形がひときわ輝いている。
プリアンプの使い方で、背面パネルのピンジャックを開放していた。ところが、入力系統の一つにショートピンを差し込んで、機械的振動、電気的ノイズ対策を施したところ、音質がにわかに向上を見せた。高音域の情報が倍増して、楽器の響きと録音会場の空気感が分離して、解像度が一変した。
バッハの無伴奏チェロ組曲など、楽器の胴鳴りと演奏者の気配が表現されるようになった。 ものすごい音質の向上である。 ベンジャミン・ブリテンがピアノを弾き、ムスチスラフ・ロストロポーヴィチが演奏したキング、スーパーアナログディスクを再生した。以前はバランスが悪くて、中低音域がまさった高域の弱いものだったのが、見事、豊かな音場感再生に成功して、大変、聴きやすい音楽に変化をとげた。
シューベルトのアルペジョーネ・ソナタイ短調D821、1824年10月ウィーンで作曲されている。S氏のエステルハージー家次女カロリーネへのロマンスも伝えられていた時期に当たる。 アルペショーネという楽器は、1823年頃発明されたけれども、絶滅に近い経過を見せている。 チェロのように抱えて弓奏し、指板には金属製のフレットがついたギターの格好をしている楽器だ。
イギリスの作曲家、ブリテンの弾くピアノは実にロマン派音楽にふさわしい演奏を繰り広げている。朗々と演奏するロストロポーヴィチのチェロ演奏に、甘い情感を添えている。 否!祈りの音楽のような切なさを持っている。
ジャケットに入っていたライナーノーツに注意すると1968年7月録音という小さい記述が目に付いた。 その年、アメリカでは4月4日、マーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺事件が起きている。 黒人公民権運動の高まりの最中で起きた悲劇、一方、アジアではヴェトナム戦争の泥沼化、等々、世界では治安の悪化を見せていた世情であった。ブリテン氏は、非戦論者で良心的兵役拒否の実践家でもある。その彼の切実な思いが、ピアノの音色に反映されていて、胸に迫るものがあった。 レコードは、レコードに過ぎないのでこじつけは禁物であるのだが、音楽というものは時代を敏感に反映しているのではあるまいか?
この一枚、録音データという情報を、おろそかにはできないという一例ではないだろうか?