千曲万来余話その217「ベートーヴェン演奏者たち、1954年5月と10月録音」
モノーラル録音たちと上手に付き合っていくと、思いがけない仕合わせに巡り会うことになる。
その演奏たるや、濃い、奥行き深い、味わい深いと一挙三方徳みたいなものであろう。
演奏者たちの実力は、作品世界をあますところなく体験させてくれることうけあいだ。
エドウィン・フィッシャー1885.10.6バーゼル~1960.1.21チューリヒ
彼の真骨頂は、説得力あるテンポの設定にある。
1954年5月ドイツ・エレクトローラ録音になるピアノソナタ第32番ハ短調作品111は凄い。
冒頭、アレグロなのか?モデラートなのか?彼の音楽は、まさに、マエストーゾテンポにほかならなかったのである。荘重に、という風格そのものである。
その設定は、悠揚迫らぬたっぷりとしたテンポでゆるぎない。ぎりぎりの堂々たる演奏とは、こういう音楽のことをいう。
こういう音楽を再生する悦びは、B氏の世界へ直接いざなわれることになる。すなわち何故、楽章が二つしかないのか?という疑問に対する回答がそこにあるのである。
問いと答えという人生の上での彼の葛藤そのものが、存在しているのだ。彼岸の音楽がそこにある。
1954年10月、EMIの録音に、チェロのグレゴール・ピアテゴルスキー1903~1976、ピアノのソロモン・カットナー1902.8.9ロンドン~1988.2.22ロンドン、による
チェロソナタ全集録音も充実している。ソロモンは、1956年以降、右手損傷ということでリタイヤを余儀なくされている名匠である。
ピアテゴルスキーは、フルトヴェングラーの推薦により23歳でベルリン・フィル首席チェリストに就任している実力者、後年、アメリカでハイフェッツ等と一緒に演奏している。
第3番イ長調作品69の演奏などは、ぐんぐんと推進するテンポの設定にあり、ピアニストと丁々発止の演奏を展開していて、B氏の運命、田園に続く、チェロソナタ、威風堂々たる世界である。
ピアテゴルスキーの愛器ストラディバリウスの音色がたまらなく、艶っぽいのである。
フィッシャーのピアノソナタ、ピアテゴルスキーとソロモンのチェロソナタ、両者ともに、必ずや耳にしておけられれば、その芸術の恩恵に浴するという豊穣のオーディオライフそのものであろう。