千曲万来余話その214「弦楽トリオ作品9-1ト長調からカルテット作品18への飛躍」
その作曲家は、難聴であったと一概に言いくるめられているのだけれど、ベートーヴェンの場合、厳密に言うと作品68などを聴くと耳に入ってきた音声を作品世界に表出していたということは、気づかれていないことである。すなわち、田園交響曲は、標題音楽というばかりでなく、人が耳に聞こえた世界の描写であるのだ。
室内楽、特に弦楽三重奏から弦楽四重奏への飛躍は、ただ単に楽器ヴァイオリンが一挺増やされた音楽というのではあらずして、その楽器の配置が重要な問題となる。
グリュミオーのVnの音像、エヴァ・ツァコのチェロの存在感、ジョルジュ・ヤンツェルのアルトという音楽の句読点の打ち方に当たる区切れつきのような演奏が楽しい。
変ホ長調作品3は楽章の規模が大きく、作品9―1からセットで三曲ト長調、ニ長調、ハ短調というぐあいに第一番から第四番まで、調性の展開も興味深い。
グリュミオートリオの演奏、左右にヴァイオリンとアルトが対話しているし、そして中央にチェロが安定感を表現している。
この三重奏の配置が基本である。さて、ヴァイオリンを増やすとき、どこに配置するのがベストなものか?
作品18では、セットで六曲の四重奏が作曲されている。第一番ヘ長調、第二楽章はアダージォ、幅広くゆるやかに、アフェットゥオーソ情愛の深く、アパッショナート熱情をもって、という音楽用語イタリア語で指示している。
ハンガリー・クアルテット、ゾルタン・セイケイは1718年製作ストラディヴァリウス、ミケランジェロを使用。ミカエル・カットナーは、グァルネリウス1704年製作、サンタ・テレーザ。
チェロのガボール・マジャールは、1706年製作ナポリのもの、アルトのデネス・コロムツァイは、1766年製作ヴェニスのもの使用がライナーノーツに明記されている。仏コロンビア盤。
このレコード自体、左スピーカーに第一と第二ヴァイオリン、右スピーカーにチェロとアルトが、配置されている。左スピーカーには、チェロとヴァイオリン、右スピーカーには、アルトとヴァイオリンが聞こえてきたい。すなわち、そこで、ヴァイオリン・ダブルウィングという言葉があることに気が付く必要がある。ステレオ録音の新しい時代にこそ可能な話ではある。