千曲万来余話その205「シューベルトの即興曲、ピアニストの女王イングリッド・ヘブラー」
1926年6月20日ウィーン生まれ、LPレコードの盤歴ではフィリップス録音の系譜で、ピアニストの女王といえるのが、イングリッド・ヘブラー。両親はポーランド人。母親から手ほどきを受けザルツブルグモーツァルテウム音楽院1949年卒業、ウィーン音楽アカデミーにてピアノを修得している。
ジュネーブでニキタ・マガロフ、パリでマルグリット・ロンにも師事、ジュネーブ国際コンクールで二位、54年ミュンヘン・コンクールで第一位を獲得している。
モーツァルト、シューベルトのピアノソナタ全曲のレコーディング他、モーツァルト協奏曲の全集など、その経歴は、人並みはずれている。
シューベルトには、作品90Dドイッチュ番号899、作品142D935と、四曲ずつ、全8曲の即興曲がある。フィリップス60年代のヘブラーの録音に、即興曲、楽興の時の名録音がある。
一通り聴いて、たっぷりとした幸福感に満たされる。ピアノという楽器の音が、豊麗なスタインウエイの良さを武器にしている。左手の打鍵が柔らかく、確実である。そうして、右手の運指がなめらかときたら、これ以上、いうことはない。特に作品90の2でも音響の香り立つ華やかさは、いいようがない。作品142
の2の重厚な表現にも成功している。
シューベルトというと、男性奏者の巧みさに軍配が上がるのだけれど、ヘブラーの即興曲はフランツ・シューベルトの、まるで母親が演奏しているかのような錯覚をすら覚えさせる。衒いが無く、モーツァルト作品やシューベルトのソナタ全曲録音を経験しているためだけではなく、彼女の人間性が、そのまま現れたようなレコード録音だ。
盤友人は彼女が札幌キタラホールに登場したとき、終演後に楽屋を訪れている。彼女に、ベーゼンドルファーを弾かないの?と質問すると、明らかに不機嫌な表情を見せた。あれは、汗顔のいたりで、失礼な言葉であったと、今になって思う。素晴らしいコンサートであったことは、いうまでもない。彼女の長寿を祝う。
いうまでもなく、シューヘルトは、ロマン派の音楽であって、ベートーヴェンの後ろ姿を見た作曲家である。彼の音楽には、フランツ・リストや、ローベルト・シューマンなどの音楽の萌芽が感じられる。
即興曲作品90の3など、シューマン、幻想曲の音楽の泉であろう。