千曲万来余話その172「二人のウィルヘルム、ピアノ独奏曲とステレオ録音再生」
レコードの誕生は、SP録音にまでさかのぽる。スタンダードとなる記録は、ラッパといわれる一つの音源に向かいあって鑑賞していた。モノーラルという単一音源。ところが、不思議な感覚として、前後左右の音場がイメージされることになる。決して、ラウドスピーカーの感覚で、一点から聞こえてくるものではない。広がりと奥行きの感覚がイメージされるのである。
ただ、SPは、78回転、片面だいたい3~4分くらいの再生時間である。エジソンによる1877年発明から、1950年頃の33回転1/3モノーラル録音のレコードへと発展を見せている。ステレオ録音は、1945年前後には、実験として実現されていた。レコード市場へと拡大したのは、1955年頃のこと。モノーラルとステレオ録音が混在していた。1930年頃のピアノのSP録音を、モノーラルLP録音に復刻されて、片面30分くらいの再生が鑑賞できる時代へと推移していった。
アルトゥール・シュナーベルというピアニストは初めて、ベートーヴェンのピアノソナタ全曲録音を果たしている。
ウィルヘルム・ケンプはドイツ・グラモフォンへ、その全曲録音をモノーラル時代とステレオ時代に実現している。
ウィルヘルム・バックハウスは、デッカへ全曲録音を残していて、一曲ハンマークラヴィーアのみモノーラル録音であった。
1884、3,26ライプツィッヒ生まれ、1969,7,5フィラッハ没、少年時代、巨匠ダルベールの教えを受けていて、ピアノコンクールでグランプリを獲得した時、二位がバルトークだったという。1900年ロンドンデビューを果たしていて、アルトゥール・ニキッシュとも共演していた。1954年、日比谷公会堂で唯一の来日公演を果たしている。ブラームスが生前、少年バックハウスの演奏を聴いているという史実もあり、後に、鍵盤の獅子王と言われるまで勇名を馳せていた。
彼のレコード、全て、使用する楽器はベーゼンドルファーで録音されている。
ベートーヴェンの作品27の2ソナタ第14番月光ソナタ、ケンプのレコードでピアノの出だしの印象と明らかに異なる低音のタッチを聴くことができる。左手の低音、倍音成分が豊かであり、聴き応えがある。
ピアノソナタは、モノーラル録音で充分だという常識もあるのだが、それぞれカートリッジを使い分けると、それぞれが、味わいに違いがあって、左と右の二つのチャンネルだけではない、中央に定位する音像を味わうステレオ録音も素敵なオーディオライフの一つであるといえよう。