千曲万来余話その171「続ジョージ・セルの芸術、基本に忠実ということ」
指揮者ジョージ・セルが残したチャイコフスキーの音楽は、どれも素晴らしい。
1959年録音、交響曲第5番クリーヴランド管弦楽団、そして交響曲第4番ロンドン交響楽団、1962年録音、これらは、確固とした造型の上に、作曲者特有のロマン的歌謡性の両立に成功した作品に仕上げられている。
確固としたということは、管弦楽の合奏に破たんがないということで、それでは、破たんしているレコードなどあるものか?というと、そういうことではなく、積極的な意味で感動を与える演奏に仕上がっているとうことだ。
通り一遍の仕上がりではあらず、緊張感に溢れる合奏アンサンブルである。弦楽器の演奏と、管楽器のオンビートの一致は、聴きものである。たっぷりとした弦楽アンサンブルの響きの上に、例えば、オーボエなどがたっぷり歌う音楽は、チャイコフスキーを愛する人にとってそれは福音である。
1958年3月録音の、クリーヴランド管弦楽団演奏するチャイコフスキー作曲、イタリア奇想曲、これは、涙なくしては、聴けない音楽だ。明らかに、チャイコフスキーのイタリアへの憧れが、強烈である。
それは、セルのトスカニーニに対する愛情の表明と重なる。前年1月に鬼籍に入っている巨匠へ対するオマージュ。それは、聴いてみると、ひしひしと伝わってくる音楽である。
セルの音楽は、20世紀管弦楽ステレオ録音のスタンダードになっている。
大阪万国博の開催されたフェステバル・ホールで、ベルリン・フィル管弦楽団リハーサルの時、指揮者カラヤンに対して、ヘルベルト!と声をかけたセルに、やあ、ジョージ!とファースト・ネームで応答した様子は、愛好家達に知られている事実である。かのカラヤンも、一目置いていた巨匠達、出会いの記録であった。
カラヤンの音楽をフランス印象派のルノワールの絵画に例えるとすると、セルのそれは、アンドリュー・ワイエス精密絵画の雰囲気である。隈取りがかっちりとしていて、輪郭への嗜好がきわめて明確な音楽である。
ここまでの要求を、オーディオで突き詰めていくためには、基本に忠実ということでもある。ピンコード一本にしても、その線材の吟味、方向性、半田付けなど、札幌音蔵のテレフンケン製を使用すると、一聴瞭然である。
目からうろこが落ちる経験することを、盤友人は保証する。クリケットレコードに発注すると、手にすることができる。基本を大事にすることから、オーディオの一歩が始まるのであり、真のジョージ・セル指揮芸術を再生することが可能になるといえる。クリケットには、セル指揮する初期版レコードも在庫している。