千曲盤来余話その106「ピアニストによる小宇宙、フー・ツォン」

政治の問題は、芸術家の活動に多大な影響を与える。
平和な時代には、なんの支障もきたさないことが、仕合わせなのであって、フーツォンという1934年、上海生まれのピアニストには、苦難の人生があった。
1955年ショパンコンクールで、三位入賞、マズルカ賞受賞をしている。
その後ワルシャワ音楽院に学び、1959年ロンドンデビューを果たした。
彼に苦難を強いたのは、当時、中国の文化大革命であった。
逆バネに、彼の芸術は、たくましく、ゆるぎない演奏をレコードしている。
マズルカというピアノ音楽は、小曲で、3~4分程度の演奏時間、ショパンは50曲程度作曲している。
そのうちの、作品24の4曲を聴く。
言ってみると、ソナタなどに比較して、俳句の世界のようである。マズルカというのは、三拍子のポーランド民族舞曲のこと。
フーツォンのピアノ演奏は、精神世界雄大にして、ピアノの一音、一音が小宇宙を形成している。
とりわけ、左手の打鍵が、説得力を持っている。
すべてではないのだけれど、ときどき、印象に残る打音に出会う。
万有引力で、空間に浮かんでいる木星のような印象を受ける。
変ロ短調の4曲目までにすすんで、雄こんな左手の響きに出会うと、それはフーツォンが偉大なピアニストの証である。
たらちねの 母のいのちを ひとめ見ん 一目みんとぞ ただに急げる
火急の事態に、ただならぬ意識を、音楽で表現していてやまない。
フーツォンは、ショパンの音楽を充分に彫琢施して余りある。